これまでにアトピー性皮膚炎を治すために、色々な方法を試してきました。最初はステロイドを塗って症状を抑えていました。アトピーを治療するというより、それ以上悪化させないために利用していたので、いつもステロイドを持っていました。ですが、症状が酷くなった20歳の時、ステロイドでは抑える事も出来なくなりました。この時私は接客業をしていたのですが、アトピーの症状が酷い時には顔にも現れるようになり、仕事上での影響を考え転職することにしました。
肌に対する配慮から、室内であまり体を動かして汗のかかない内容の事務職にしていました。ですがまた接客業をしたいと思っており、これまで以上にアトピーの治療に対して積極的になりました。最近ではアトピーの病院を変えたおかげで、だいぶ皮膚のほうも安定してきました。私の場合は周りに肌の悩みを同じ痛みで考えてくれる人が居なかった為か、アトピーに対する治療が狭い視野でしか考えられませんでした。もっと実体験などの同じ視線でものを見られる人がいたらよかったなと思います。
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2011年9月アーカイブ
人生の中で1番ドキドキしたラッピングの思い出は、学生時代に遡ります。中学生くらいのバレンタインですね。当時は手作りチョコが流行っていて、お菓子やさんでチョコの塊を買ってきて、家の台所で何となく親の目を盗みながら、チョコを溶かして・型に入れて固めて・色つきのチョコで相手の名前とか描いちゃって、コソコソ自分の部屋に隠していました。でも匂いでばれるので、失敗作を父と弟用にしてしなくても良い言い訳をしていたような気がします。
そのチョコのラッピングが下手で下手で。そういうのとても得意な女の子たちがたくさんいたから、今考えたら頼めばよかったのに、あの頃はバレンタインチョコを渡すなんて一大事ですから、友達に頼むなんて考えられなかった少女時代でした。不誠実な気がしてしまって。当時の雑誌を参考にしながら一生懸命やるんですが、はっきり言って折り紙も下手な女の子がラッピングなんて器用に出来ようはずもないのです。多分惨々たる結果だったと思うのですが、当時の私の目には何とか格好がついたように見えるくらいまで何とか作り上げ、明け方ようやく寝ようとしても、今度は渡す時のことを考えて眠れない。といった有様でした。
もうラッピングの途中から、上手く行かないわ焦るわでちょっとハイになっているんでしょうね。ラッピング・ハイなんて聞いたことがないけれど確かにそうだったと思い出します。経験不足だし、男の子の気持ちなんて今よりもっとずっと分からない頃ですから、そのチョコをもらった時の彼・ラッピングを見る彼・それを解く彼のシュミレーションが出来なかったことは、神様のせめてもの優しさだったのかもしれません。実らなかった初恋の相手は、不器用だけど思いやりのある人だったので、「ありがとう」とは言ってくれました。
ラッピング・製菓材料